VVtuber活動記

日々のバーチャルバーチャル活動を記録します

いつかのゲーミングヒューマン

いつからか私の身体は七色に光ることはなくなった。満員電車に乗り、鈍色の街を歩く毎に私の身体は徐々に色あせた。孤独相から群生相に相変異した私は今やアスファルトとタイルカーペットによく馴染む色合いを呈している。それはあたかもCHERRY MX青軸からメンブレンスイッチに変わったかのように、私という存在からタクタイルを奪っていった。
 
通勤電車には金策のため低難度クエストをマラソンするMMORPGプレイヤーのように虚ろな目をした人々が詰め込まれている。マウスのサムボタンに組み込まれたハードウェアマクロのような日々に倦んでいるのか、状態異常のスリップダメージのようにすり減り弾力を失っていく毎日を偲んでいるのか。いずれにせよ私はいつからかその三人称のうちに含まれていた。
車内では誰もがニュートラルなワンオブゼムとしてただ目的の駅に到着するまでの時間を過ごしている。物語の主人公などどこにもいない。私も例に漏れず、パーソナルスペースの欠片もない空間で2.0chイヤホンで平坦な音を聴き、わずか6インチのタッチスクリーンに目を落としていた。ニュースサイトにはどこかの誰かの出来事が全体に誤爆したチャットのように羅列されている。
 
駅への到着がアナウンスされ、電車は緩やかに減速した。隣に立っているサラリーマンの肩が触れ、革靴のつま先が誰かに踏まれるのを感じる。私は最早台パンも舌打ちもすることはない。人の群生相はストレスのエアロダイナミクス上最も効率的な形態に他ならない。
何人かが降車する。間もなくそれと同じかそれ以上の人々が乗車する。もともとの乗客はそのタイミングでより良いポジションを取ろうと素早く移動する。私はそのルーチンを乗降口とは反対側のドアからぼんやりと眺めた。
その時私は乗車待ちの列の最後尾に、刻々とグラデーションするあの輝きを持つ男の姿を捉えた。彼は周囲を照らし、光の尾を引きながら悠然と歩き出した。こちらに向かって来る。
私は自分がひどく動揺するのを感じた。あの光は現在の私、私達にとって毒物でしかない。しかし光など見なければよい。満員電車のストレスを最低限にするように同じく耐えれば良いだけのはずだ。私の身体は毒物である以上の何かを感じているようだった。それが何なのか私にはわからず、彼が一歩一歩と近づいてくる毎に心臓は強く早く脈動を繰り返した。
彼が電車に足を踏み入れると、その光が私達を突き刺した。人々は目を瞑り、顔を背ける。私は一人腕で光線を遮りながら、薄目で彼を見た。七色に光り輝くその男性はそのまま無彩色の人々の海を割り、座席に着いた。それはあたかもバケット型のゲーミングチェアに座っているようだった。
彼はRazerのロゴが入ったデイパックに腕を突っ込み、ゲーミングマウスを取り出した。そして彼はそれを右手に収め、中空に視線を漂わせながらそれをしきりに左右に素早く動かし始めた。左手は指でタップダンスを踊っているかのように見えないキーを押下している。彼の脳裏には明らかにリアルタイムレイトレーシングによって光の映り込みをリアルにシミュレートした圧倒的に美麗なグラフィックの戦場が240Hzのリフレッシュレートで遅延なく滑らかに映し出されていた。そこで彼は並み居る兵どもを快刀乱麻を断つかの如くキルしているのだ。私はFPSプロゲーマーの配信を見つめる非FPSプレイヤーのように、その七色の輝きに酔い、些かの吐き気を催しながら、その輝きを見つめていた。最早ゲーミングヒューマンでなくなってしまった私にとって、それは毒物の脈動に他ならなかったが、しかし私の視界は彼とのシェアプレイを始めるのを感じた。
 
電車の乗客はいつしか七色の彼から距離を取り、円形のスペースができていた。ただでさえ乗車率が150%を超える超満員の車両で、彼らは一層密着して群生相の配色が強くなった。彼らは誰もが俯いている。あの光を目に入れまいとただ自らの時間に没入することだけに集中していた。彼らは各々孤独だった。
群れとは空間や時間を共有することではなく、俯瞰する視点個々の物理的な距離の問題なのだろうか。ではその俯瞰する視点は誰のものなのか。
 
自然と私の身体は動き出した。私は人混みをかき分け、もがきながら前に進んだ。
私は悟った。私が、私達が群れとして食い荒らしていたのは外部のリソースなどではなかった。それはカニバリズムですらなかったのだ。私達が群れを成して食い荒らしていたのは、自分自身に他ならなかった。
 
私はやっとの思いで人混みから抜け出した。彼は依然としてパントマイムに没頭している。私はゆっくりと彼に近づいていく。一歩踏み出すごとに表皮から無彩色と暗褐色の鱗が剥がれ落ちていく。気づけば吐き気は消え失せ、私の手から虹色の光が漏れ出していた。
「すみません」私は彼に言った。「フレンド申請出したので、よかったら」
彼は何も言わずただ虚空を瞬きもせず見つめている。ただ、絶え間なく動いていた彼の両手の動きが止まり、幾許かゆっくりと動き出した。
「ありがとうございます」
私は彼の隣に座った。座席は包み込まれるような安定感があり、首筋に確かに柔らかなヘッドレストの感触があった。虹色に光を発する両手で私はアプリケーションを操作し、彼のセッションに参加した。
 
ブランクは全く感じなかった。私は全盛期の軽快さを瞬く間に取り戻していた。巧みなキャラコンで有利なポジションを取り、癖のあるリコイルを確実に押さえてキルを重ねる。
「厨武器死ね」
彼は吐き捨てるように呟いた。